溜まってしまった演奏記録をスケジュールのページに書き込みながら・・・あれ。6月中旬くらいからの記憶がほとんどないな。と、ぼんやりしてしまった。大叔母の介護の時もそうだった。あの時は、2年半くらいの記憶が消えた。命と向き合う時、私は私の命を、植物に水を注ぐように相手に注いでしまう。母がそうだった。それでは自分がへとへとになってしまうよと彼女によく怒っていたのに、似たような力の使い方をしている。私に子が生まれていたら、どうなっていただろう。
食いしん坊のルーが、鼻先に好物のきゅうりをぶら下げても匂いすら嗅がず、水さえ飲めなくなり、数日のうちにみるみる痩せて死の一歩手前までいって引き返すのにかかった日々を全部覚えておきたくて《ルーノート》を作ったというのに、ショックで結局何も書けないうちに体調は随分よくなった。流動食を流し込むため鼻に差しこみ胃まで通していたカテーテルを取り外したのが7月10日だったから、口からものを食べるよう練習を重ねて1ヶ月と少し経ったわけだ。今や、ジャンプしてパクパクしながら「おなかへった」とねだるところまで恢復した。よくない癖だけど、食べ物になんの反応もしなかったひと月前の肋骨ガリガリのひょろひょろ歩く姿がまだ脳裏に焼き付いているから、ただジーンとしてしまう。水を飲む、おしっこをする、うんちもする、ごはんを食べる、目が悲しそうになる、ふてくされる、あくびをする、しゃがむ、もう無理だろうと思っていた一つ一つを、ルーは始めからまたやりなおしている。だからか。病気になる前と比べたら、若返ったみたいにきらきらと楽しそう。
よかったよ・・・(ぱたり)。
雨の日はこんこんと眠る

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